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ドラゴンクエスト

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 私が小学生の頃だった。

 当時、わたし自身は市立の学校に通っていたが、何故だか(本当になんでだろうかと今でも思う)進学校の生徒たちしかいない学習塾に通っていた。
その学習塾は、算数と数学において近所では有名な学習塾らしく、確かにひと癖もふた癖もありそうな先生たちが、『とにかく難しい』言葉を発し、私はある意味苦行に近い授業体験をしていた。
塾に通いだしてから分かったのであったが、どうやらわたしが通っている学校は市立であったため教科書で習う順番が進学校のそれとは全く異なるらしく、当たり前なのであるが進学校での授業を前提にしてある学習塾の授業の内容も全く分からなかった。

 

 今の学習塾がどうなっているのかは良くわからないが、当時は授業が終わると習熟度テストがおこなわれ、そのテストの成績で席順が変わるというシステムが一般的であった。
成績の良い人が黒板に向かって一番前の左から座るのである。

 さて、私はというと、当たり前のように授業の内容並びにテストの問題が何を言っているのかすら分かっていないまま、ぼんやりと塾に通っていたため当然成績も悪く、後ろの席が常に指定席となっていた。
そんな中、常に前席の左側に座っている一人の同級生がいた。
仮に彼を『A君』と呼ぼう。

 ある日、私が前列の右側に座るという快挙がなされた。
どういうわけか、進学校でならっていない問題がテストで出たらしく、逆に私は市立だったため、それをたまたま習った後だったのである。
クラスは騒然となった。
それ以降は一切前に座ることはなかったが、もしかしたら「お前も頑張れば前に座れるよ」と塾が教えようとしていたのかもしれない。

 とは言っても、わたしはとにかくその塾を辞めたくて仕方なかった。
さて、話せば長くなりそうなので途中を端おるが、ある日A君が、「一緒に帰ろう」とわたしに言ってきたのである。
わたしは正直恐怖の余り打ち震えながら、「う...うん」とだけ発し、ジャイアンに連れられるのび太のように静かに後を付いていった。

 正直話すことなどないのである。

 悪気は無かった。
ただ、生まれも、育ちも、学力さえも段違いなある意味別世界の人物と歩きながらバス停に向かい、彼が待つバスが来るまでの時間をどうやって過ごせば良いのか、わたしでは全くもって分からなかったのである。
話すことに詰まり、何を話せば良いのかと煩悶していると、「そうだ、ファミコンの話をしよう」っと思ってしまったのである。
しかし、これが間違いであった。

 私  「ドラクエって面白いよね」

 A君 「うち、ファミコンないから」

 私  「えっマジで!、何で無いの?」

 A君 「親が買ってくれない」

 私  「だったら、家で何してるの?」

 A君 「宿題」

 そうである、彼はエリート教育を受けている本物の努力家だったのである。
わたしは彼との距離感が思った以上に遠かったことに恐怖すら覚えながらも、ドラクエを知らない小学生がいることが少し面白くなってきてしまい少しからかった口調でA君に言い放った。

 私  「そっかー、ドラクエ知らないんだー」

 その瞬間A君は人が変ったように、やっぱり頭いいんだと気付かされる返しを送ってきた。

 A君 「じゃーさ、お前ドラクエどれくらいやってんだよ。クリアしたの?レベルいくつよ?どうせ中途半端なレベルなんだろ。」

 凄まじいツッコミである。
そうである、先ほどまで少し得意げだった私は、結局別にそこまでやり込んでレベルを上げているわけでもなく、ある意味一般的な遊び方しかしていないライトユーザーでしかなかったのである。
しかし、わたしは後には引けない、先ほどまであれほど得意げに話をしていたのである。
目の前にいるリアルLv99の人物に対して、いまさら「リアルどころか、ゲームですらまだLv30くらいです」とは言えない空気になってきてしまっているのである。
私はとっさに嘘をつく。

 私  「クリアは簡単だからねー、その後、することないからLv上げて99まで行ってるよー」

 最低である。

 A君 「嘘だろ」

 私  「嘘じゃないって、というか正確には全キャラ99じゃないけれど、キャラが死んだ状態で戦うともらえる経験値が1/3から1/2に増えるから、そういう方法で上げてる。 だから1キャラだけLv98でもうすぐ99になる、まぁだから99まで行ってるって言ったんだ」

 我ながら追い込まれた時の嘘が半端じゃなく上手いと思う。

 A君 「そんな時間どうやって作ってるんだよ」

 私  「というか、うち姉貴2人居るから手伝ってもらってる」

 今考えても怖いくらいに、わたしは嘘が上手い。
わたしは、とんでもなく取り返しのつかないことをしてしまったことに深い罪悪感を感じながら、自分のプライドを守るために必死に話を取りつくろった。
ところが、ここで思いもよらない奇跡がおこったのである。
なんとA君の表情が次第に和らいでいき、今まで見たこともないくらいにキラキラとした目でわたしにドラクエの質問してくるのである。
そして、まるで私はドラクエの教祖様になったようにA君にそんなに詳しくないドラクエを語るのである
それ以降、気がつけばA君と毎日ドラクエの嘘話をするため、ファミ通やその他の雑誌を買いあさり、ドラクエの知識を収集してA君を納得させる話を何とか造り上げることだけに必死になっていた。

 しかしながら、わたしの罪悪感は次第に大きくなっていった。
ある日、私はどうしてもA君をだまし続けることが嫌になってしまい、正直に告白した。

 私  「実はさドラクエの話なんだけれど、あれ本当は99まで上げてないんだ」

 A君 「知ってるよ、クラスの奴とかから話聞いてるし」

 OMG、なんてこったい。
A君からすればLv99とかそんなことはどうでもよかったのである。
ただ、自分が遊ぶことができない『ドラクエの話が聞ける』、それだけでおそらくは純粋に楽しかったのだろう。
彼からすれば本当のドラクエというものを見ることも触ることもできないことに変わりはなく、つくり話だろうが本当の話だろうが、彼からすれば『ドラクエの話が聞ける』ことに変わりはなかったのである。

 そんなある日A君から思いがけない一言が発せられてきた。

 A君 「お前もさー、特進クラス来いよ」

 「いやいや、あなた何言ってんの!」と心の中でツッコミながら、塾を辞めたいとしか考えていなかったわたしは、少し小さなトーンの声で返事をした。

 私  「いやー、俺は無理だよA君みたく実力ないし」

 そのときのA君が、今でも忘れられない表情であったのと同時に、自分は結局人の気持ちが分からないんだと痛感した瞬間でもあった。
その後、へービースモーカーであった塾長が体調を崩したのをきっかけに、後ろ盾がなくなったわたしは意外とすんなり辞めることができたのであった。

 さてはて、話が少々長くなってしまったのだが最近エリート層に対して『論拠のない批判』だけを繰り返す、声の大きい人たちを見るたびに「いやいや、彼らの努力はハンパじゃないから」と心の中でA君を思い出しながら、少し穏やかではなくなってきている変な自分がいる。


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